10回生 向後元彦

 女房の紀代美が云った。今年は金婚式、なにかユニークなことをしましょうよ。そうだね。なにができるのかな。

 いま、ふたりが面白がっている課題は2つある。
 マングローブの古生物学。2009年、エジプトの西砂漠(ワディ・エル・ヒタン)でマングローブの根系とされる化石をみたことがきっかけとなった。 それからというもの、わが家の書棚には古生物学、進化論、遺伝学、地球史、宇宙科学の本が氾濫する。 自然史博物館もたくさん訪れた。ロンドンの大英博物館(自然史)では資料保存室に入れてもらう。感動したのはコヒルギの胎生種子化石である。現生のそれにくらべ、とても小さい。ロンドン・クレイから出土したものだという。始新世、約4000万年前の英国は熱帯、もしくは亜熱帯の気候だった。日本も中新世中頃(1700万年前)は暖かく、本州北部にまでマングローブが分布していた。

 研究成果は総合地球学研究所、日本マングローブ学会、沙漠学会で発表し、3つの論文にまとめた。明らかにしたのはつぎのことである。森林(被子植物)の一部がマングローブに変化したのは、およそ1億年前、後期白亜紀のこと。温暖化がすすみ、海水準が現在よりも250mも高くなった時代である。その変化により広大なニッチ(生態的地位)が生じる。それがマングローブ誕生をうながす背景だったにちがいない。

 従来、マングローブの起源は種の分化がもっともがすすんだ東南アジアと考えられていた。ところが文献から得られた知見を整理すると、1か所ではなく、新・旧大陸双方で同時におこったことがわかった。これは新しい知見である。

 今西錦司進化論で考えれば、あるとき、海岸の森林がいっせいにマングローブになったとも考えられる。しかし、種、もしくは属でみると、マングローブになれなかったものとなれたものがあった筈だ。その理由はなにか。また、「マングローブ化」は1回限りだったのか、複数回あったのか。マングローブの分布は海流に助けられて拡大する。その過程も明らかにしなければならない。謎解きはまだ始まったばかりだ。
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 もう一つの課題は、ミャンマーに「マングローブ大学」をつくること。発案は14年前(2001年夏)にさかのぼる。シュピッツベルゲンを訪れた時のことである。北緯78度、極寒のその島にノルウェイ国立の小さな大学があるのを知った。北極圏が大好きな教員と学生が世界中から集まっていた。ひらめいたのは、“北極”を“マングローブ”に置き換えること。世界初のユニークな大学ができる。その大学はつぎの目的をもつ。①マングローブの研究と啓発、②マングローブ生態系の修復、③地域貢献、④国際協力。もうひとつ重要な目的がある。ミャンマー社会の底流にある「足るを知る心」「利他の心」を守る教育である。前者は地球環境問題の、後者は人類の心の荒廃にたいする処方箋となる。
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 50年の長きにわたった軍事独裁政権がおわり、ミャンマーに民主主義がもどってくる。「大学」をつくる背景がととのった。計画推進のミャンマー側はUNDP(国連開発計画)の仕事をしたとき(1990~92年)以来の仲間が中心となる。日本側は30余人、研究者を中心とする仲間が賛意をしめしてくれた。条件はととのった。しかし、まだ見えないことは多い。大学か大学院か。国立か私立か。日本と「合作」は可能か。小さな学校からのスタートか、それとも最初から「大学」つくりに取り組むのか。

 古生物学と大学設立。どちらも長期戦になるだろう。金婚式の記念事業には間に合いそうもない。では、なにをしようか。

 そうだ、本つくりならば年内に間に合うだろう。タイトルはきめている。『冒険と人生』。この10年ほど温めてきた課題である。冒険の心をもてば、人生は豊かになる。男と女の複眼で語る。それは元彦が書いた『一人ぼっちのヒマラヤ』『緑の冒険』、紀代美が書いた『エミちゃんの世界探検』の続編になるだろう。「人生あみだ籤論」を縦軸にして、人生を哲学しよう。成功譚ではなく、貧乏や苦難や楽しみの効用を考えたい。

 うまくいけば莫大な印税がくる。わずかな年金を気にしないで暮らせるかもしれない。期待に胸がはずむ。さて・・・・・。